2009年11月5日木曜日

ブナの山々

  かなかなに遠き祖先やこの山毛欅にも   広渡敬雄

 仕事の関係で月に3回ほど、仙台に行っている。杜の都「仙台」は、けやき通りで有名。夏の真緑から徐々に色合いを萌黄、黄色と変えて来ている。11月中旬位が黄葉の見頃であろうか。欅は若葉、黄葉、そして寒空に枝を張り巡らせる裸木と魅力は尽きないが、どうしても街路樹、公園樹のイメージがある。
 やはり、山の黄葉の王者はブナ(橅、山毛欅)であろう。北海道南部から九州の山岳地帯まで広く繁茂し、豊かな保水力と熊を始め多くの動物の森を形成している。
 白神山地のブナが一時大量伐採で耳目を集め、反対運動で途中で中断、何とか全山の伐採を逃れたのは、救いだった。
 10月中旬に、秋田・岩手県境の和賀岳、山形県の葉山(村山葉山)に登った。
 知る人ぞ知るブナの巨木、大木の森がある山々である。
 既にブナ黄葉で全山が染まっている。日が差す時と、翳る時では、その色合いが全く違うし、驟雨のあと霧が過ぎる時の微妙な色合いも素晴らしい。
 ブナの実は熊や栗鼠の好物(勿論人間も食べられる)。朽ち果てた老木のそばに実生し、やがてその老木の根元を押しのけて成長する。その肌は清楚な艶のある白から、成長するにつれ灰色に、やがて苔が寄生するためか黒く変色する。
 変色した幹は人の腕一抱え以上の大木が多く、年輪を重ねた貫禄みたいなオーラを発散させている。
 生育している場所、注ぐ光線の具合で、その肌の白、灰色、黒が微妙に変化するのも見応えがある。ブナにも大木になるための好環境があるのだろうか。
 概して雪深い1200メートル級の東北地方の山に多い。
 際立った大杉が屋久島に生育する要因が、その温暖且つ、大量の雨と言われているのと同じことかも知れない。
 若木は雪の圧力で根元から谷筋に迫り出すように湾曲しており、痛々しく豪雪の物凄さを痛感するが、大木は殆ど直立している。
 不思議なことだが、大きくなるにつれ、自然に谷筋の曲りを自身で矯正するらしい。
 雪に埋もれたブナ林は4月頃が雪解け季節。必ず根元から融け始める。
 春になり地下の水を吸い上げるエネルギーによる熱なのだろうか?
 その根周り穴の幹の周辺には5ヶ月ぶりの地表が顔を覗かせる。
 根から幹を通じて枝々への樹液の流れを聴こうと幹に耳を密着させたことがあるが、聞こえなかった。聴診器だと聞こえると教えてくれた人がいた。

  雪解けの水吸ふ音か山毛欅稚し

 5月には一斉に芽吹いた若葉が新緑となり、雪解の沢の音を励ますかのように鮮やかな緑の森となる。ブナの森は、雨が降っても、直接に地面に雨脚が当ることはなく、一旦葉に降り注いだ雨は幹を伝わって根元に流れ、地中に吸収されるため、抜群の保水力を維持し、洪水等を防いでいる。今回も驟雨に遭ったが、葉に降り注ぐ雨音の大きさに反して、合羽も必要としなかったほどだ。
 ブナの大木が拡がる地帯は、概して傾斜は緩く、春から晩秋まで、その張り巡らされた枝々の葉が空を覆って、その下は太陽の恵みが少ないためか、殆ど草も繁茂しておらず広い空間となっている。春はかたくり等が群生するところだ。
 何百年いやそれ以上の年月のブナの落葉(当然土と化している)が地面を覆い、大木同士は適度に離れており、広々としてゆったりとした気持ちになれる。
 小春日のなか、その根元あたりに寝転んで、コーヒーを沸かし、うとうとしていると至福の境地となる。    悠然と根を張り、空に太幹を立ち上げ、思う存分に枝々を広げた王者達のオーラを浴び山の静けさが心地よい。
 和賀岳には、幹回り5.5メートルの日本有数のブナの巨木もあるらしいが、幹回り3メートル(人の腕二抱え相当)の大木は目白押しで、この一帯は1981年に、環境庁から「自然環境保全地域」に指定されたブナの絶品が見られる場所なのだ。
 葉山の西斜面一帯のブナの大木もこれに劣らず素晴らしかった。
 大木の幹には、マタギかどうかは定かではないが、地元の猟師が記した名や熊の爪あとが残っていたり、又熊の糞らしいものもよく見かける。
 ブナの実は年により豊作不作の波があり、不作の年は、冬眠の食い貯めのために熊が食料を求めて山里に下りてきて、農作物等を荒らすとも聞いている。
 ブナの黄葉に染まった山肌を見つつ、ブナ落葉が幾層にも重なった路をかさかさと踏みしめながら山を下った。きらきらとした沢の水は心なしかブナの香りがして旨かった。
 これらの山々はかなり深い。首都圏から登山なしで手軽に行けるブナ林がある。
 新潟県十日町市松之山の美人林。(関越自動車道塩沢石打下車1時間強、新幹線湯沢駅乗換ほくほく線まつだい駅下車タクシー)
 まだまだ生育期であるためその木肌はまばゆいばかりの艶のある白。
 この辺りは日本棚田100選にもなっており、共に必見もの。

参考文献:坪田和人「ブナの山旅」(山と渓谷社)
詳細:十日町市観光協会(025-757-3111)
   インターネット:美人林 http://bijinbayashi.daizinger.jp/

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